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2015年5月29日金曜日

洲之内紀行 28日 新潟港から小樽港へ

 新潟の健康ランドを出たのは7時少し前だったと思う。
 スマホで、新潟駅前に『すき屋』があることを調べていたので、そこで朝食を取ろうとした。ところが、行ってみると(今考えると駅前なのだから当然だったのだろうけれど)そこは駐車場の無い店舗。諦めてそのままフェリー乗り場の方に向かい、途中にあったセブンイレブンの駐車場に車を入れる。そこで弁当とノンアルコールビール(サントリーの350mlはなかったのでアサヒビールのものを手に取る)を買い、駐車場の車の中でマーラーを聴きながら朝食を取った。
 新潟の新日本海フェリー乗り場に着いたは8時05分。係員は、9時45分頃から車の乗船が始まるという。フェリー乗り場の建物の中で1時間40分の時間を潰そうと思い、慣れた、古い建物に入る。
 ところが、昔とは変わっていた点が、あった。
 エレベーターの近くにラジカセが置かれていて、そこから、エンドレスで、甲高い女性の声が、エレベーターに乗る場合の注意事項を「がなりたてている」のである。
 1階のどこの椅子に座っても、そのエンドレス騒音が響いている。
 2階の待合椅子に座ると、今度は大きな音量でテレビが流れている、NHKの朝の番組。横浜ベイスターズのあの有名選手(石井琢朗だったか)の自宅に、妻子がいない時を狙って(?)、赤いカツラで変装して「本を返しに行った」と言い張る有働由美子、がやっている朝の奥様向け番組。奥様向け番組で赤いカツラで妻子持ちの男の自宅に上がりこんだアナウンサーを使っているのは、NHKの見識(の無さ)なのだから仕方ないとして、その日にやっていたテーマは、沖縄基地問題。コリアンNHKがどのように沖縄基地問題を描くかといえば、恐らくコリアン系のTBS金平茂紀のように「沖縄住民を苦しめる日本政府と日本人」というものであるのは明らか。
 ということで、2階の椅子に座っていてもNHKの放送がうるさくて落ち着かない。
 iPhoneの「音楽」に入っているのは、聖書の数十枚のCDだけで、ステレオイヤホンをしてNHKの騒音を聖書で防ぐということも魅力はない、ので、仕方なく外に出た。
 日差しが強い。木陰は殆ど無い。風も強くなってきている。外で本を読むのを諦めて、結局のところは車に戻り、冷房を付けて(つまりはアイドリングをしてガソリンを費消して)、車内で本を読むことにした。
 しばらくすると、運転席の窓を誰かがノックする。
 顔を向けると、70歳くらいの白髪の男性が不安そうな表情でこちらを見ている。窓ガラスを下ろすと、
「すいません、バッテリーがあがってしまったんで、バッテリーケーブルでエンジンをかけさせてくれませんか」 とのこと。
 テアナを車列から外して、後ろに停まっていた、老人の車であるホンダ・エリシオンV6の前にボンネットを近づけた。彼の手持ちのケーブルは古くて断線しているようだったので(セルを動かしても何の反応もない)、同じくフェリー待ちしていた他の60歳代くらいのおじさんが、新品の太いケーブルを持ってきてくれた。それを接続しても、エリシオンV6・3000ccは、微動だにしない。老人があわててパネルをいじったときに、ワイパーが動いた。
「これ、バッテリーじゃないと思いますよ」と私。他の集まっていた何人かも頷く。
「バッテリーがあがっていたら、ラジオすら入らなくなりますから、ましてワイパーなんて動くはずもありません」と私。私はこれまで何度も「バッテリーをあげる」失敗を繰り返してきたその道のプロである。
「じゃぁ、どうして……」と、絶句する千葉の老人。
 そばにいたフェリー会社の人が、「ホンダの営業所が近くにあるから、そこに電話して修理に来てもらうしかありませんね。フェリー会社から連絡するわけにはいかないので、自分でやってもらうことになりますが」
 そう言って、車列を管理している作業員に、「この車をはねて、車を進めてくれ」と言った。
 あれこれやっているうちに時間はどんどんと流れていて、車のフェリー乗船時間の9時45分まで、もうあと20分ほどしかなかった。これから修理を呼んだとしても、修理を終えるまでにはまず間違いなく出航時間は過ぎている。
 老人は携帯電話(ガラケー)を取り出して、フェリー会社の人に教えてもらった番号を押し、何やら説明し始めた。運転席に座っている老人の横には、しかし、さして不安そうな顔をしているでもない彼の奥さんが座っていた。
 事故を起こしたわけでもない。
 病気になったわけでもない。
 単に、エリシオンが動かなくなっただけである。
 千葉から新潟に車での高速道路の上で車が動かなくなったわけでもない。
 フェリー乗り場の駐車場で動かなくなったのである。考えようによっては、ラッキーだったともいえる。そんな風に考えているのか、奥さんの顔は、夫の困惑渋面の顔とは異なり、どこか落ち着いていた。

 今から考えると、タイミングベルトが切れたのかもしれない。私も高速道路を走っていて、レオーネのタイミングベルトを切らせたことがある。ジャフに引かれて修理工場まで移動した。
 しかし、駐車場に来るまで動いていて、そこで停車してベルトが切れる、というようなことがあるのだろうか。わからない。
 わからないまま、バックミラーに映っている千葉の老夫婦とそのエリシオンが小さくなってゆくのを眺めながら、私は小樽へと向かうフェリーに乗り込んだ。
 どんなトラブルでも、後日となれば笑い種である。
 千葉の老人も、「あんときは難儀したなー」と、奥さんと笑って話すことができるだろう。二人の共通の経験が増えただけの話である。
But I have no one to laugh with and live with.





 昔のことを思い出した。
大昔、結婚の前に付き合っていた女性と本州旅行をしたとき、帰りのフェリーの中。
The following fictitious story is partly based on real experience.

story

 一等船室のベッドは狭い部屋の両側に押し付けられるように設けられているシングルベッドだった。ベッドの間にテーブルがあり、そのテーブルの上には海を眺める船窓があった。
 美砂子も私も、その、まるで棺桶のように狭いベッドに仰向けになっていた。本州旅行からの帰り、どちらも少し疲れていた。昼間の気怠い居眠りが長く続き、もう窓の向こうにはオレンジ色の夕陽がどんどん水平線への落下を続けていた頃だったと思う。
 どうしてそんな話になったのか、その流れは記憶していないけれども、確かに私がこんな質問をしたことは覚えている、美砂子の方は見ずに天井に向かって。
「ヨナの物語って、知ってるかい?」
 しばらく黙っていた美砂子は、戸惑った口調で応えた。
「あの、クジラに呑み込まれた預言者の物語?」
「ブ、ブゥー。でも、預言者ヨナも海と、水と関係はしている」
「水……?」
 私はそこで美砂子に教えた。
「地球上にある水分子の数を示す言葉が、ヨナ、よんじゅうなな」
「よんじゅうなな……」
「10の47乗の個数の水分子がこの地球上にある、大昔からそれは変わらない。それで、だ……。」
 私はここでやっと話の本筋に入った。
 私たちを乗せるフェリーは、海の上で眠りを誘うように軽く気持ちよく揺れ続けている。
「君の体重は43キロで、身長は163センチだ。で、まぁ、この際、身長は関係はないんだ、体重の43キロだけが問題だ。その体重のうちの60パーセントは、水なんだ。つまり、ざっと計算すると26キロほどの水、26000グラムの水。それを水の分子量18で割り、そこにアボガドロ定数の6.02×10の23乗を掛けると、君の身体の中に含まれる水分子の数が出てくる」
 私は起き上がって、テーブルの上に置いてあった手帳を取り出し、ボールペンで計算を続ける。
「……8・7掛ける10の3乗×10の23乗、ということは、およそ10の27乗、ということになる。つまり、君の身体の中にある水の分子の数を10の20乗倍すれば、地球の全ての水の分子の数になる。」
 私はそこで黙りこんだ。
 やがて当然のように美砂子が訊いてきた。
「……で、それで?」
 私はためらっているふうに、しかしその実最初から話をここに持ってきたかったことを自分の心の中で認めながら、続けた。
「で、だ。今、仮に、君がここで死んでしまったとする。いいかな?」
「よくってよ」と、ノンシャランと美砂子は応える。
「さて、君の遺体を火葬するにしろ土葬するにしろ、やがては君の身体に含まれている10の27乗個の水分子はこの世界に、この地球の中に吸い込まれてゆく、溶けてゆく、一緒になる、まぁそういったことになる」
「当然でしょうね」
「で、ある日、君を喪って傷心の僕が、水道の蛇口をひねって、コップ一杯の水を目の前に見ているとする。コップ一杯の水を180シーシー、とすると、それは10モルの水であり、その中には6.02掛ける10の24乗個の水分子があることになる。それを10の20乗で割ると、6.02×10の4乗、つまり約6万個、ということになる。君が死んだときに君の身体の中にあった水分子の6万個を、僕はコップ一杯の水で飲むことになる。」

autonomous computer

we are water, we are sand














2015年5月27日水曜日

洲之内紀行 27日 警察の御世話になる 柏崎刈羽原発 燕市背脂ラーメン

27日
 長岡市のマクドナルドで落し物に気付く。
 マクドナルドの近くの交番。
 南魚沼警察署まで戻る。
 柏崎市の海岸から、柏崎刈羽原発を遠望する。

 




ヤフーの地図アプリでは、交番の位置はこうなっているけれども、実際は違う場所にあった。それを教えてくれたのは、長岡の「美人姉妹」。


御世話になった長岡市の交番。


御世話になった南魚沼警察署。


柏崎の公園の浜辺から遠望した柏崎刈羽原発


ともかく、この麺の太さは、私にはウドンでした。

この日は新潟市内の健康ランドに泊まる。

洲之内紀行 26日 柳津町立美術館 田子倉湖 トミオカホワイト美術館

26日
 ホテルを出て、柳津町の美術館。
 田子倉湖経由で南魚沼へ、トミオカ美術館。馬鹿な音楽を館内で流している。
 湯沢町まで南下して、健康ランドに泊まる。



田子倉湖


 トミオカホワイト美術館は、本当に呆れた美術館だった。
 もちろん、もう二度と行くことはない。
 富岡惣一郎の作品自体は、優れたものもあると思う。単純な白と青、あるいは黒だけで、山や森や川を幻想的に描いている。しかし、作品をこの美術館(というか体育館のような空間が一つだけ)で観ていると、ずっとドラムと人の歌う声が聞こえた。どこかで学生バンドでも練習しているのか、美術館と音楽のコラボをやっているのかと思っていた、ら、そうではなかった。
 なんでも、2011年に、日本にある外国大使館職員の一行がツアーでここを訪れて、その大使館職員の一人が、富岡のこれらの絵を見て、「ジョンレノンの『イマジン』を連想した」と感想を述べたらしい。
 で、当時の館長で前館長である男が、2011年10月から、この美術館のたった一つのその体育館展示室の中で CDプレーヤーを設置して無限リピートで『イマジン』を流しているのである。
 以後ずっとイマジンを大きな音量で流しているようだ。
 馬鹿、か。
 鑑賞者の一人が『イマジン』を連想するのは勝手である。しかしその一人の感想を、どうして全ての鑑賞者に押し付けるのだろうか。
 私はもちろん、『イマジン』など連想しなかったし、この歌は私にとっては『キリングフィールド』を常に連想させるものだ。
 愚かな前館長は、この曲を流す理由を告知した文章の中に、富岡惣一郎の絵に宗教性を感じ取る人もいるらしいけれどもむしろ神を・天国を否定するこの『イマジン』が似合っているだのなんだのと、勝手な言いぐさをめぐらし、美術館にとっては騒音でしかないこの曲をエンエンと流し続けているのである。
 これほど馬鹿で阿呆な美術館というのは、この南魚沼市にあるここだけで、日本全国を探しても他に無いだろう。
 富岡惣一郎も、自分の絵が、『イマジン』騒音と共に観賞されることなど望んではいなかっただろうに。

 この日、泊まる場所を、美術館の中にあった長椅子に座ったまま、スマホで探し続ける。
 しかし、南魚沼市一帯には、適当なビジネスホテルは全く存在しない。
 仕方なく、更に数十キロ南下して、湯沢町の健康ランドに泊まることにして、騒音トミオカホワイト美術館の駐車場から車を出した。

2015年5月26日火曜日

洲之内紀行 25日 大内宿 諸橋近代美術館 猪苗代リゾートホテル



こうして毎日集団登校するのは(黄色い旗を振って)本州では決して珍しくないのかもしれない。





福島の現実




 こういっては失礼だけれども、実はこの美術館にはさして期待はしていなかったのである。ところが、いい意味で、その期待は大きく裏切られた。

ウィキより
諸橋廷蔵(もろはしていぞう)
福島県にて出生。明治大学商学部卒業後の1962年、いわき市に紳士服小売業サンキョウ(現ゼビオ)を創業。大型スポーツ店を中心に全国に100店舗以上を展開。子会社には、ゴルフパートナーやヴィクトリアなど。一代で、東証1部上場を果たした。また、上場益により、世界的なサルバドール・ダリのコレクションで知られる諸橋近代美術館を設置した。
2003年2月24日、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市のコンドミニアム22階の窓から転落して死去[3]。(引用終わり)

 ゼビオ、なら、私の家の近くにも大型店舗がある。このゼビオの上場益(莫大なものだったはず)で、造ったのがこの豪華な美術館なのである。






ホテルから眺めた猪苗代湖・キャノンのイクシーで撮影

How I wish I could have seen this breathtakingly beautiful scene.... with her.

 猪苗代リゾートホテルに泊まった。磐梯山の中腹にあり、猪苗代湖や会津の街、そして遠くには燧岳(だと思う)を眺めることのできる素晴らしいホテルだった。源泉掛け流しのホンモノの温泉、広い部屋(ツイン)、いいベッド。これで、税込5000円だというのだから、街の中のビジネスホテルよりもぐっと安い。車で郡山や会津に行く出張ビジネスマンにとっては、このホテルは天国だと思う。
 あまり有名になってしまったら、この格安の値段ではもう部屋をサービスしてくれなくなるかもしれないから、大きな声で宣伝はできないけれども。


夜明けの光景・iPhoneで撮影


2015年5月25日月曜日

洲之内紀行 meijiは愛人問題で元暴力団員に1億円払った原辰徳を応援します


 今朝の読売新聞。
 meijiの一面全面広告で、原辰徳が登場していた。
 愛人問題で恐喝されて(ここには中畑清も関わっているけれど)、元暴力団の男に1億円を払った男である。こうしてmeijiの宣伝に出て、1億円の借金を払っているのだろう、もうとっくに払い終えているのかもしれないけれど。
 こうした男を宣伝に使う企業の商品を、スーパーやコンビニで主婦が喜んで買うとでも思っているのだろうか。
 meijiと言えば、愛人暴力団1億円、と連想されるようになっても構わないのだろうか。
 その愛人は行方不明となり(殺されているのかもしれない)、元暴力団員は不審な死を遂げている。
 日本社会の、球界の、読売関係でマスコミの、底無しの腐敗ぶりを教えてくれている「生き証人」がこの原辰徳という男である。
 朝からこんな男の全面広告を見て、気分が悪くなってしまった。

参照
http://goldbook.ashita-sanuki.jp/e565809.html

2015年5月24日日曜日

洲之内紀行 大野和士 東京都交響楽団




 大野和士が”円熟のマエストロ”らしい。
 今、NHK教育(Eテレ)で、マーラーの7番が放送されている。
 まるでピントのボけた写真を次々に見せられているような、不快な気分になってくる。
 恐らく、指揮者も楽団員全員も、楽譜を「もっともらしく」音に変えてゆくことにしか興味はないのだろう。
 マーラーの甘美な絶望や希望の断片なりとも表現できていない、小学生の楽団が太鼓を叩いているような演奏。
 もちろん、普段クラシックを聴いている人間は、ベルリンフィルやウィーンフィル、そして指揮者も超一流の人たちのを聴いていいる、何十回、何百回と。そうした音楽に耳が慣れてしまっている人間には、この”円熟のマエストロ”の、統一の取れていない、というより、「何を表現したいのか理解していない」ダラダラと音が続くだけの演奏を耳にしていると、絶望的な気分になる、日本人の限界に。

 一言で言えば、情熱がないのである。
 大野和士の、マーラーには、ケチで軽薄な上っ面飾りしかなく、本質的な情熱がないので、聴いている人を感動させない。
 楽団員がまとまっていないから、シンフォニーになっていない。一つの意思を・一つの流れ・一つの絵になっていないものはシンフォニーとは呼べない。
 まるで、荷馬車が雑音をまき散らしてでもいるように、音楽らしきものが進んでいる。
 これがマーラーの7番、だとしたら、私はもうマーラーを聴きはしない。しかし幸いなことに、本当のマーラーはこんなものではなく、素晴らしい演奏が幾つもあることを知っている。
 下手な役者が何十人も舞台に登場して、天才劇作家の劇のセリフを「棒読み」しているだけの演奏、それが大野和士指揮東京都交響楽団のやっていることである。

 こんな三流の音楽で、この会場に集まった聴衆は満足しているのだとしたら……それとも、
「一生懸命やっているんだからケチをつけるな」
 という愛情を抱けということなのだろうか、日本人的な、論争を好まない「和の精神」で。
 オペラの真似事を日本の二期会という団体がやっているけれども、あれも、一生懸命やっているんだからケチをつけるな、と同じ論調で……。

 ”お仲間”の音楽関係者が互いに褒めあう。
 この大野和士という指揮者は、ヨーロッパ生活が長いようだけれども、一流指揮者が手にするポストを手に入れたことは一度もないようだ。
 それが全てを物語っているようにも思う。
 厳格に評価すれば、決して一流どころの交響楽団から、たとえ客演としてであれ招聘されることはこれからも決してないだろう。

 今やっと終わった。下手なチンドン屋のようなフィナーレだった。鮮やかな色彩が咲き乱れるような祝宴と歓喜で終わるはずのフィナーレが、管楽器の音は割れ(学生交響楽団のように)、鐘(チューブラーベル)は自信なさそうにいじけた音でのたうちまわり……よくこれだけ醜悪なフィナーレで恥ずかしくないものだと、呆れて指揮者の顔を眺めた。

 マーラー殺すに刃物は要らぬ、アホな指揮者が振ればいい。

PS
 今、適当にyoutubeから選んでみた、このパーヴォ・ヤルヴィ、hr交響楽団(フランクフルト放送交響楽団のこと)の7番5楽章を聴いてみるといい。ついでに楽団員の顔も映っているので、東京都交響楽団の楽団員の顔と比較もできる。
https://www.youtube.com/watch?v=b0TsG3rIOU8
 都響の楽団員の顔は、「自分のパートさえ間違えなく演奏できればそれでいい」と頬に書いてある。
 hr交響楽団員の顔は、一つの世界をみんなの奏でる音によってここに創造しよう、という強い意欲と真摯な意志に満ちている。
 もちろん、個々人の演奏レベルも都響とhrではかなり違うが(後者が格段に優れているのは論を俟たない)、演奏レベルが低くても、一つの世界をそこに生み出そうという熱意があれば、それなりの感動を生み出すことができる、聴衆の中に。
 その、一つの素晴らしい世界の建設指揮を執るのが、指揮者である。
 つまり、指揮者が愚かだと、どんなに素晴らしい交響楽団であれ(hr)、最初からあまりたいしたことはない交響楽団であれ(都響)、結果は同じ――萎びて臭気を放つ醜悪な世界しか生み出すことはできない、ということ。
 そうしたダメな演奏の実例が、大野和士指揮東京都交響楽団のマーラーだった。









洲之内紀行 24日 川上澄夫美術館 大谷資料館 大谷磨崖仏 大谷平和観音 白河の関跡








この日は白河のルートインホテルに泊まる。

2015年5月23日土曜日

洲之内紀行 23日 平塚市立美術館 笹倉鉄平版画ミュージアム 府中市立美術館

御殿場のホテルを朝出発した。
平塚市立美術館、笹倉鉄平版画ミュージアム、府中市立美術館、を見物した。


平塚美術館の水の中に立つ、佐藤忠良の作品。





 御殿場のルートインでは、この日、多くの宿泊者が、富士山麓で開かれる何かの馬術大会か、それとも富士スピードハイウェイで(?)開かれるハーレイダビットソンのレースを観るか参加するための客。どちらも早朝からということで、特別に朝6時から朝食が準備された、普通は6時半。私も6時から朝食を取り、6時15分には平塚美術館に向けて出発。どれだけ混雑しているか予想もつかないので、最初から6時過ぎに出発する予定だった、朝食は諦めて。
 予想通り、ところどころノロノロ運転。土曜の早朝だというのに。ただし、湘南バイパスはとても早く流れていて、平塚美術館の駐車場の入り口には7時50分頃には着いてしまった。
 駐車場の入口に車を停めても、歩道には車体がかからないので、安心して、9時の駐車場のバーが上がる時間まで、トランクを整理したり、車の中で音楽を聴いて時間を潰そうと思った。

 この日は埼玉県嵐山町の健康ランドに泊まる。


洲之内紀行 22日 軍人像 川瀬巴水 浜岡原発 富士山

22日は、かねてから是非見たいと思っていた軍人像を探し歩いた。
やっとのことで見つけた。
静岡市の駿府博物館で開かれていた川瀬巴水の展覧会を見て、浜岡原発も浜岡砂丘から遠望する。

この日は、南四日市から御殿場まで、あちこち立ち寄って、350㎞も走った。





ホテルの窓から見た富士山

 この日は、御殿場のルートインホテルに泊まる。


2015年5月22日金曜日

洲之内紀行 21日 ヤマザキマザック美術館 愛知県立美術館

 21日はヤマザキマザック美術館と愛知県立美術館に行く。この二つをじっくり見たので、もうすっかり疲れてしまい、名古屋市立美術館はパス。
 本当は市立美術館にあるフリーダ・カーロの絵をみたかったのだけれども、
<20世紀後半の日本を代表する彫刻家>であるらしい、若林奮(わかばやしいさむ)という「芸術家」の特別展を観なければ(1200円)、常設展を観れないと思ったので、あれこれ考えた末、
「もう、ゴミを見るのはウンザリだ」
 という結論に達し、久しぶりのカーロの絵との再会は諦めた。
 パンフレットの作品の幾つかの写真を見る限り断言できることだけれども、若林奮の作品は全てゴミ収集車に持っていって欲しくなるようなものばかりである。こんなものを日本の全国の美術館が「購入している」のだから、税金の浪費はもはやお笑いの領域に入っている。
(PS この若林奮という御立派な彫刻家の素晴らしい作品が、府中美術館の敷地に埋められている、その埋めることも「芸術的意味がある」ということだった。こうしたクダラナイ芸術に、莫大な税金が浪費されていることは、何も珍しいことではない。)

 ヤマザキマザック美術館では、全く期待していなかった宮川香山の彫刻陶器が素晴らしかった。あちこちで見かけるガレのガラス器、そしてラリックのそれも、こうしてじっくりと見て、説明を聴いていると(入場料の中に音声解説ガイドの料金が含まれている)、なるほどそういう意味だったのかと新たな広大な風景が目の前に突然広がったように理解できた。

 ガレは白血病で死んだのだという。その、死の中に沈みつつある身体に鞭打って、幾つもの作品を・自分の生命の意味を見つめる作品を生み出し遺していった。

 アール・デコの家具を展示しているところ、ドランの素晴らしいヌードや肖像画(イーヴ・キュリー)も展示されているあたりにいる女性監視員、には笑ってしまった。

 室内の照明はかなり落とされていて、家具や絵に淡い光が注がれているだけで、監視員が椅子に座っているあたりは薄暗いのだけど、その女性(若かったと思う)は、一心不乱に椅子に座ったまま文庫本のような小さな本を読み耽っているのである。観客たちが近づいても一顧だにしない。ドランの絵が気になって、2、3度、その展示室に戻りあれこれ家具なんかも見たりしたのだけれども、ずっと、少なくとも私が見ていた15分くらいは、監視の女性は顔をあげることもなく「読書に熱中していた」。これでは、観客が何か「不審な動きをしたとしても」何も気づきはしないだろう。
 徳島の騒音学芸員とか、ヤマザキマザックの読書監視員とか、美術館にはいろいろな人たちがいる。

 ヤマザキマザックでは、ドラクロワと私の好きなシャルダンが1点ずつ、そしてこれも大好きなブラマンクが何点かあった。スーチンは人物画には魅力あるけれどもそれ以外は駄作だろう。ブルボン王朝を飾った・サロンを飾ったロココ絵画の俗悪さについても(私にはそう見える)認識を新たにさせられた。

 愛知県美術館は、クリムト見たさに行ったのだけれども、ちょうど豊田市美術館が改装中で、そこにあるクリムト作品も一緒に展示されていた。
 『人生は戦いなり(黄金の騎士)』と『オイゲニア・プリマフェージの肖像』が、並んで展示されていて、同時に鑑賞できるなんていうことは、今後50年間くらいは、二度とないことかもしれない。


2015年5月20日水曜日

洲之内紀行 20日 三重県 虹の泉 三重県立近代美術館

今日は、松阪市にある"虹の泉"と、三重県立美術館に行ってきた。

死ねば、砂となって永遠に消えてということを常に認識しているという点で、バンパイアのほうが、神という妄想にすがる人間とは異なり、真実を生きている。




 この不思議な場所を知ったのは、テレビ番組を偶然見ていてのことである。海外にも、同じように自分の世界をコツコツと外に創り上げていった芸術家がいる。一枚の絵の中に世界を創るか、ひとつの彫像で世界を創るか、あるいはこの2013年に74歳で亡くなった東健次という名の陶芸家のように、広大な敷地に世界を創り上げるかは、芸術家の自由である。
 アールブリュットと捉えられることを望んでいないかもしれないけれども、私に言わせれば、アンリ・ルソーも、ウィリアム・ブレイクも、あるいは……あぁ、作品は頭に浮かぶけれども画家の名前が出てこない。老人化脳の特徴である、名前が出てこないのは。それらの画家も広義では立派なアールブリュットの芸術家たちである。
 ここを管理、というか、まだ製作を続けている夫人と少し話をした。
 東健次は、第一期の青年海外協力隊の隊員として、フィリピンに渡り、そこで現地の人たちに陶芸を教えていたということである。そのとき、聖書に出会った。日本に戻ってきてから、カトリック・プロテスタントのいずれの教会にも属しはしなかったけれども、聖書を愛読し続けたということである。
 それで理解できたことがある。
 フィリピンは、もちろん、カトリックである。長い間スペインの植民地だった。スペイン、そしてメキシコの教会文化、その装飾、彫像を思い出せば、この虹の泉の独特な雰囲気と似通っているものがあることに気付く。
 もっとも、キリスト教をイメージするような、たとえば十字架などは無い。
 無垢な子供、美しい肉体を持った男女、楽器を演奏する多数の彫像、花と樹木、楽園の光景が”実物大”で繰り広げられている夢幻の世界がそこに拡がっている。



 死ぬほど退屈な建物、三重県立美術館。この人物が設計を手掛けたらしいけれども、どれもこれも死ぬほど退屈な建物だと思う。
 美術館って、しかも莫大な金を使う(使うことのできる)県立の美術館の建物が、およそ「美」とはかけ離れた野暮ったい「作品」であることの実例を、この三重の建物に見ることができる。







途中で和食のレストランチェーン店に入ったのだけれども、入口にこんなポスターがあった。
食物連鎖の一番下にいる人間を嘲笑した吉本興業のクズ芸人である。
こんな奴を宣伝に使うこの会社の方針には呆れた。
ので、二度とこのチェーン店には入らないと決めた。

 この日から2日間、南四日市にあるルートインホテルに泊まる。



洲之内紀行 19日 徳島県立近代美術館 騒音学芸員




 7年前、学会のついでに(!)四国遍路をやった。霊山寺から平等寺までの歩き遍路。あと一つ、薬王寺まで行けたなら、徳島一国参りを終えることができた。
 遍路の途中、徳島美術館(県立近代美術館)の前を通ったので、休憩休憩、と喜んで、絵画鑑賞に時間を割くつもりで美術館の前まで歩いてきたのだけれども、なんとその日は月曜日で閉館していた。
 ということで、捲土重来、今回の旅行で月曜に重ならないように「やりくりして」、火曜日にこの美術館にやってきた。
 ちょうど、東京富士美術館所蔵の西洋絵画60点あまりの(たったそれだけだが)特別展をやっていた。何点か素晴らしい絵画があったので、行った甲斐があった。

 美術館で気になったこと、というか、呆れたこと。
 倉敷の大原美術館は観光コースにもなっていて、団体旅行者が大勢やってくる。中には絵画に殆ど興味のない人もいて、多くは老人なのだが、美術館の中で大声で、昨日の宿の料理がどうだの、知り合いの田吾作が入院しただの、という話をする。美術館の中には長椅子もある。本来なら身体を休めつつ絵画鑑賞もできるように座れるようになっているのだけれども、そこに腰かけて耳の遠くなった老人たちは音の良く響く美術館の中で大声を上げるのである。年配の男性監視員が近づいてきて、大声を出さないように優しく注意する。普通女性の監視員が多いのだけれども、年配の身体のがっしりとした男性が監視しているのは、騒音老人対策なのだろう。大原美術館には2度行ったけれども、2度とも同じで、美術には関心のない観光客が大声で騒いでいた。
 ……と同じことが、徳島美術館でも起きていた。
 いや、こちらはもっとヒドイ。うるさいのは、学芸員なのだから。
 平日だったので、来館者には老人が多かった。特に、4、5人連れの老婦人たち。入口から展示室に入るなり、大声でなにやら喚いている。「話している」ではなく「喚いている」。
 展示室は部屋割になっているのではなく、広い体育館のようば場所に、ところどころ短いパーティションが岬のように突き出ているだけで、ほぼぐるりと見渡すことができるように絵が飾られている。60点しかないのだから、体育館の中心に立つと、バロック絵画から印象派、そしてシャガールやキスリングまでぐるりと見渡せる。これはこれで興味深かった。

 さて、騒音学芸員である。
 ターナーのいい絵をじゅっくり見ていると、後ろでうるさく喋る男がいる。そのうち女性監視員に注意されるだろうと思ったのだけれども、男の大声が続くばかりで、近くにいる女性監視員は俯いたままである。
 気にせずに絵を見ていたけれども、男の声は大きくなり、誰かと話をするというより何かを説明しているようだった。絵の具がどうのと言っている。徳島弁、というか関西方面の言葉を生理的に受け付けない私は話の内容を理解しようとは思わなかったが、ともかくうるさい。振り返って見ると、割と背の高い男が……髪はオールバックで、着ている白いワイシャツの胸ポケットには青地のパッケージのタバコを入れ(ハイライト? 美術館の敷地内は全面禁煙ではないのか?)、そして首からはネームプレートをぶら下げている、50歳前後の顔色のとても悪い男……が、大声で喋っているのである。
 近くの監視員がこの男を注意しないのも合点がいった。この騒音男は、この美術館の男なのである。しかも、話の内容から、学芸員なのだろう。年齢から考えれば、幹部なのかもしれない。
 いや驚いた。
 来館者の老人たちが大声で喚くのは、普通の田舎の美術館なら有り触れた光景かもしれない。しかし徳島はそれだけでは済まない。なにしろ、学芸員がその老人たちと同じように喚いているのだから。少なくとも私には、大声で喚いているような迷惑な騒音を絵の前でまき散らしている印象だった。
 何よりもうんざりしたのは、この男が、「俺は偉いんだ」といった雰囲気で大声を出していたことである。すぐそばで椅子に座っていた女性監視員は、この学芸員の半分ほどの声で話をする老婦人にはすぐに注意に立っていたのに、今は俯いてじっとしている。この男にもちろん注意はできないし、注意したらいやがらせや、最悪職を失うことだってあるのかもしれない。
 徳島県立近代美術館で、徳島の地方性というのを教えてもらったのである。

 ちなみに、私の先祖は徳島県の出身である。
 ただ事実として、こんな学芸員(と思う)がいたということに驚いたので記録しておいた。

 この夜は、淡路島・大阪を経由して、三重県名張市のルートインに泊まる。







2015年5月18日月曜日

洲之内紀行 18日 別子銅山産業遺跡 雲辺寺

今日は、別子銅山遺跡を見物し、念願の雲辺寺のある山からの眺めを記憶に収めてきた。

雲辺寺についてはここに書いた。
http://restfultime.blogspot.jp/2014/12/1118.html

九州四国の居酒屋には、どうしてチューライムというものがないのだろうか。

仕方なくチューレモンを頼むのだけど、これがまた例外なくまずい。

 この夜は、四国健康ランドに泊まる。

2015年5月17日日曜日

洲之内紀行 17日 遊子水荷浦 四国カルスト

宇和島市のマック、数人の老人ばかり。




この日、スマホでbirthofbluesのサイトを見ると、チャカ・カーンの曲が紹介されていた。I feel for you. に付けられた一言は、
<オールドファッションなダイアナロスとかドナサマーを一発で屠った曲でしたね。>
 というもの。
 車のハードディスクには、もちろん、チャカ・カーンのベストアルバム「エピファニー」も入れてあったので、それからはずっと、何度も、このアルバムを聴きながら四国を走った。何しろ、電波状況がとても悪くてラジオは雑音だらけなのである。

I kow You, I live You

今でも元気なチャカ・カーン


 この日は、土佐市のホテルに泊まる。

2015年5月16日土曜日

洲之内紀行 16日 大分県立美術館

今日は、最近オープンした大分県立美術館に行ってきた。

何も理解していない案内の女性。

当日券という不思議な言葉。

 別府からフェリーで八幡浜へ。
 この夜は、宇和島のビジネスホテルに泊まった。




2015年5月15日金曜日

洲之内紀行 15日 下関美術館 風の丘葬斎場 佐藤渓美術館

 前日に「見学した」山口大学医学部附属病院の横を通って、下関へと向かう。
 下関美術館。

 九州労災病院の横を通る。

 今日は中津市にある風の丘葬斎場を見学してきた。
 中庭の水は何年も前から溜められることはなくなっているのだという。壊れてそのままになっているようだった。
 別府にある佐藤渓美術館にも行ってきた。
 大分市内にある、豊の国健康ランドというところに泊まる。「コンパクトルーム」という部屋(?)を使ったけれど、快適だった。

アラベスクB







 槇文彦が登場する一風変わった記事については、ここに引用してある。当時から、この建築家が手掛けた火葬場をいつか訪れてみたいと思っていたので、目についただけなのだが。
http://restfultime.blogspot.jp/2015/03/blog-post_18.html


 ホテルや美術館、公共施設や宗教建築、あるいは一流企業の本社ビルなどを手掛ける建築家は少なくないが、火葬場を設計し、その作品が幾つかの建築賞を受賞している、なんていう例は稀有だろう。だから、是非ともこの槇文彦の作品を見てみたかった。佐藤渓美術館とこの「火葬場」を見るために、広島からこの九州の地に足を伸ばしたようなものである。つまり、下関美術館と大分県立美術館はどうでもよかったのである。佐藤渓美術館と中津の火葬場が無かったなら、広島からフェリーで松山に行き、そこから宇和島の段々畑の奇観を見に行ったことだろう。

 しかし、風の丘葬斎場は全く残念なものになっていた。
 槇文彦の作品は素晴らしかった。特に、斎場として使われる建物の傾き…

 中庭は、本来なら大きな水面を見せているはずだった。12メーター×8メーターくらいの水面が「あるべきはずだった」。
 浅いそのプールの底には玉砂利が敷き詰められていて、微風 常に水が

 15日の夜は、大分市内にある健康ランドに泊まった。




2015年5月14日木曜日

洲之内紀行 14日 広島県立美術館 磯江毅展

14日
 今日は、最初はひろしま美術館で雪舟や円山応挙を見てから、広島県立美術館で開かれている磯江毅展を見た。

磯江毅は腎臓癌で死んでいる。
彼は喫煙者だった。




 夜は宇部市にある健康ランドに泊まった。


2015年5月13日水曜日

洲之内紀行 Day-1 13日 浄土寺 鞆の津ミュージアム

糸きれし 風船となり 流れ旅

12日 夜は福知山市のカプセルホテルに泊まる。温泉施設が4階にあって、ホテルは1階にあった。

13日 今日は浄土寺に行ってきた。
快慶の三体の仏像は素晴らしいものだった。
鞆の浦を観光した。宮城道雄の「春の海」はここの海のことであることを初めて知った。





13日の夜は、広島市内の健康ランドに泊まる。
 夜中の1時頃、ぐっすり寝ていて、何か悪い夢を見ていたところを、身体を揺すられて起こされる。驚いて(夢のせいもあったのだろうけれども)大きな声を上げて飛び起きた。私を起こしたのは年配の女性職員。私が「館内着」を着ていないから起こしたという。私は寒いので館内着の上からスェットを着ていたのである。スェットをめくって、ちゃんと館内着を着ているし、不審者ではないことを話した。女性は何も言わずに消えた。
 仮眠室の温度設定パネルは(照明も)、客が触ってはいけないことになっていて、部屋はとても強く冷房されていた。毛布は薄く、ペラペラの館内着で寝ていては風邪を引きそうだったので、わざわざ車に戻ってスェットを取ってきて上から着ていたのである。
 この広島の健康ランドは、他の点では満点なのだけれども、仮眠室の温度と女性の真夜中の揺りお越し行為だけはいただけなかった。







2015年5月9日土曜日

洲之内紀行 都合悪くなると他人のせいにする(アカ乗っ取られたとか)おばさん 中塚尚子





香山リカ氏降板 番組側説明全文(1)アカ乗っ取り示唆一転…冒頭5分45秒の熱弁
デイリースポーツ 5月8日(金)22時15分配信

 精神科医の香山リカ氏(54)がツイッター騒動などが原因で、金曜パネリストを務める生放送番組「虎ノ門ニュース8時入り!」(スカパー!プレミアム)を降板することが分かった。同日の番組でチーフプロデューサーの山田晃氏が発表した視聴者への説明は5分45秒にも及んだ。


 香山氏は4月23日の放送で、木曜パネリストの独立総合研究所社長・青山繁晴氏のファンを「信者」などと発言。同30日の放送で山田氏が不適切な発言だったと謝罪した。しかし、その後、香山氏のツイッターには、青山氏を「ホント下劣」などと非難する文章が投稿され、騒動に。5月1日の番組で、香山氏は、自分が書いたものではないと否定し、アカウントが乗っ取られた可能性があることを示唆した。


 しかし、8日の番組冒頭では5分45分にわたり山田氏から経緯説明がなされ、香山氏がアカウントの乗っ取りではなく「アプリケーションの誤作動かもしれない」などと証言を一転させたことなどが明かされた。


 【8日の番組での山田チーフPの経緯説明(ほぼ全文)】


 5月1日の放送で、香山さん本人の意に反するコメントが一時的にネットにアップされたと説明しましたが、この件に関して改めて経緯と説明をしたいと思います。


 4月30日深夜、香山リカさんのツイートについてのネット情報を私が発見しました。このツイートはその後削除されており、私が見たのは削除前のまとめサイトのようなものです。5月1日の生放送本番前に香山さんに確認したところ、「自分がツイートしたものではない。ツイッターのアカウントが乗っ取られた可能性がある」とのコメントを得たため、5月1日の放送で言及しました。


 香山さんからは「私自身、正確にツイートしたものではない」と回答。私が「香山さんが書いたものはないのですね?」と確認すると、香山さんが「そうです、はい」と回答がありました。そこでアカウントが乗っ取られたならば、事実を究明し、番組で公表することをお約束しました。


 ツイートには番組関係者しか知り得ない情報が含まれており、番組終了後に話し合いを持ちました。=(2)に続く=



香山リカ氏降板 番組説明全文(2)

2015年5月8日
 精神科医の香山リカ氏(54)がツイッター騒動などが原因で、金曜パネリストを務める生放送番組「虎ノ門ニュース8時入り!」(スカパー!プレミアム)を降板することが分かった。同日の番組でチーフプロデューサーの山田晃氏が発表した視聴者への説明は5分45秒にも及んだ。

 山田氏は香山氏から同氏や番組に対する不満が綴られた手紙が届いたことを明かし、番組から香山氏あてに「反論文」を送ることを明言するなど、“全面対決”の様相を呈している。


 【8日の番組での山田チーフPの経緯説明(ほぼ全文)】(1からの続き)

 話し合いの場で香山さんから次のように告げられました。(1)一連の6つのツイートは香山さん本人が、香山さんを熱心に擁護する人物に向けた“私信”(ダイレクトメッセージ)の下書きだった (2)下書きが知らないうちにツイートされてしまった (3)香山さんがネットに一連のツイートがアップされたのを発見したのは4月30日の夜8時から9時ごろ。その段階で該当する6件のツイートを削除した--と。

 (その後)香山さんへの聞き取り調査を引き続き進めました。一連の6つのツイートを香山さんが削除後、番組プロデューサーが香山さんに複数回やりとりしたが、その間、この事態について香山さんからの報告はなかった。


 一連のツイートについて、当初は「アカウントが乗っ取られた」と乗っ取りの可能性を示唆していたが、私が「アカウントの乗っ取りなら、警察に届けるべきでは?」と提案すると、「(ツイッターの)下書きは事務所のパソコンで書いて保存していなかったため、アカウントの乗っ取りではなく、使用していたアプリケーションの誤作動かもしれない」と証言されました。


 アプリケーションの誤作動なら、開発会社に問い合わせすべきであるし、乗っ取りなら犯罪なので、警察に相談すべきだとは思いますが、サーバーに保存していないデータの流出なら、“パソコンそのものが乗っ取られた”可能性があるので、私の方から香山さんおよび香山さんの事務所関係者に詳細な調査をお願い申し上げた。


 今週に入り、香山さんからお手紙をいただきました。そこには、アカウント乗っ取り、アプリケーションの誤作動には触れられておらず、私および番組への対応への不満と、本日の番組の出演辞退、番組そのものの出演辞退が記されておりました。ということで、当番組はそれを受理しました。


 香山さんのお手紙の内容が私達が確認している事実と異なる部分もありましたので、今後反論文をお送りするなどのやりとりをしていきます。ご報告は以上でございます。(終)




香山リカ氏、乗っ取りは虚言か?番組を降板

日刊スポーツ 5月8日(金)19時8分配信

 精神科医の香山リカ氏(54)が、金曜パネリストを担当する生放送番組「虎ノ門ニュース8時入り!」(スカパー!プレミアム)を降板することがわかった。

 香山氏は先月23日放送の同番組で、MCを務めるお笑いタレントのサンキュータツオ(38)や経済ジャーナリストの須田慎一郎氏(53)といった共演者たちとともに、木曜パネリストの独立総合研究所社長、青山繁晴のファンを「信者」などとやゆ。


 30日放送回で、チーフプロデューサーの山田晃氏が、青山氏のファンに対して不適切な発言だったとかわって謝罪した。


 しかし、その後香山氏のツイッターアカウントには、逆に青山氏を「ホント下劣」と非難する文章が投稿された。さらに「つまんない仕事だけど6月までは続けようかと相談してます」とも発言。今月1日放送回で香山氏は、一連のツイートについて「私が書いたものではない」と明言し、アカウント乗っ取り被害の可能性も考えて調査中だと伝えた。


 そして8日放送回、番組冒頭では山田氏が、香山氏のツイートに関する調査の経過を報告。投稿された内容には関係者しか知り得ない情報も含まれていたため、出演者やスタッフを集めて話し合いを行ったのだという。


 その場で香山は、「問題の内容は、ファンに向けて書いたダイレクトメールの下書きだった。その下書きがいつの間にかツイートされてしまった」と説明。山田氏が「アカウントの乗っ取りなら警察に届けるべきではないか」と指摘したところ、香山氏の証言は一転。「乗っ取りではなく、ツイッターアプリの誤作動かもしれない。過去にも同じ誤作動が起きた」と言い出した。そこで山田氏が「それならアプリケーションの開発会社に原因を問い合わせましょう」「アカウントではなく、パソコンそのものを乗っ取られた可能性があるから、香山氏の事務所で調査をしましょう」と提案。あらためて調査を行うと約束された。


 しかし後日、香山氏から山田氏のもとに手紙が届いた。そこでは調査の経過には触れられておらず、スタッフの対応への不満や、番組降板の意思がつづられていたそう。山田氏は、香山氏降板を発表するとともに、「お手紙の内容は私たちが確認している事実とは異なる部分もありましたので、この件に関しては、今後香山さんに反論文をお送りするなどのやりとりをしていきたい」と語った。


▲:中塚尚子の父親は小樽で産婦人科医院を開業していて、その父親の同期が元・北大精神科教授。そこに東京医大卒の中塚尚子が転がり込んできて(入局してきて、という意味)、父親の友人の手厚い庇護があったのかどうかは知らないけれど(そういうことは珍しくない)、医学博士の学位を得た。普通、学位を貰うと”御礼奉公”で地方の病院に何年か勤務するのだけれども、中塚尚子はそんなこともなく小樽市立病院に長く勤務していた。で、こんなおかしな女(次々と前言を翻して墓穴を掘る阿呆)が今ではマスコミで「大活躍」というわけである。

 北大精神科は猛省してもいいのではないだろうか。
 学位を持っていなければ、恐らく立教の教授にもなれなかっただろうし、「製造物責任」という「概念」からも、北大精神科にはこんな人物に学位を与えて社会に送り出したことへの「道義的責任」を感じて欲しい。まだ、同門会名簿には中塚尚子の名前はあることだろうし、同門会会員が「虚言症」であると社会で評判になっては、北大医学部の名誉にもかかわることになってしまう。


 ”性奴隷”北海道新聞の例の事件を一切報道しない毎日新聞。

 毎日新聞と北海道新聞に、幼稚な文章で連載を持っているのが、この中塚尚子。
 中塚尚子は番組放送倫理審議会なるものの委員でもあらせられる、というのだから、全く日本のマスコミは狂っているのだなぁ、と呟くしかない。



PS
主張をコロコロ変える香山リカ ツイッターに鍵付け、「降板騒動」に依然沈黙
2015/5/18 15:07 JCAST
   テレビ番組のコメンテーターとしてもおなじみ、精神科医の香山リカ氏(54)の「番組降板騒動」がインターネット上でくすぶり続けている。

   降板したのは、金曜パネリストを務めていたCS生番組「虎ノ門ニュース!8時入り」(DHCシアター)。2015年4月24日の放送で木曜パネリストの独立総合研究所社長、青山繁晴氏のファンを「信者」と表現したことが発端となり、ゴタゴタに発展してしまった。

   チーフプロデューサーの山田晃氏は4月30日放送の同番組に出演し、24日の放送内で不適切な発言があったことを謝罪した。香山さんの「信者」発言だけでなく、それに乗っかった共演者らの発言全体を問題視したものだった。山田氏は各人から寄せられた謝罪コメントを読み上げ、翌5月1日の放送でも改めて本人たちから謝罪があるとアナウンスした。

   だが香山氏は、内心では納得できない部分があったようだ。30日深夜、香山氏のツイッターアカウントから、青山氏を「ホント下劣」と非難する文章や、運営会社DHCシアターの対応を批判する内容が投稿されたのだ。計6件のツイートはほどなくして削除されたが、山田氏はこれを問題視。1日の放送で直接説明を求めた。

   すると香山氏は、ツイートは自身が書いたものではないとし、アカウントの乗っ取り被害に遭った可能性を示唆した。同日には「アカウント乗っ取りなどに対応できなくなった」としてツイッターも非公開設定に切り替えた。

   しかしその後、香山氏はこの主張を一変させる。山田氏が8日の放送で明かしたところによると、香山氏は「(自身で書いた)私信の下書きが知らないうちにツイートされてしまった」と、ツイートは自身で書いたものだと白状したというのだ。その上で今度は「乗っ取りではなくアプリケーションの誤作動かもしれない」と訴えたという。

   香山氏と事務所関係者は、引き続き詳細な調査を進めていくことを約束したそうだが、後日、香山氏から届いた手紙にはアカウント乗っ取りやアプリ誤作動についての言及はなく、かわりに番組に対する不満や降板の意思が綴られていたという。番組側は降板を了承した。
香山氏が名誉毀損などで訴える??

   ツイッターは番組降板後も非公開設定のままだが、一部メディアでは、香山氏が周囲に「名誉毀損などで裁判で訴える」などと話していると報じているものもある。加えてネット上では、「悪いのは私じゃない症候群」「劣化する日本人 自分の事しか考えない人達」といった著書タイトル、SNS利用に関する過去の発言などを掘り起こしてイジる人々も。言い分を変えたことに対しても批判は根強く、未だ騒動は収まりそうにない。

   ツイッターによる「事故」が起きてから2週間が経過した5月15日、J-CASTニュースでは香山氏の所属事務所に取材を申し込んだ。調査の進捗や裁判の有無などについて尋ねたが、15日中に回答はなく、期日としていた18日正午になっても回答は得られなかった。

   なお山田氏は8日の放送内で、香山氏の手紙には番組側が確認している事実と異なる部分があったため、今後反論文を送付すると報告していた。そのためDHCシアターにも15日、取材を申し込んだが「テレビで申し上げたことがすべてです」との回答があるのみだった。


   香山氏が表舞台で真相を語る日は来るのだろうか。








2015年5月8日金曜日

壇蜜と9条主義者

壇蜜が「憲法9条バッジ」付けてTV出演 彼女は本当に「護憲派」だったのか
2015/5/ 7 18:46 JCAST
   女優の壇蜜さん(34)が「憲法9条」をイメージしたと思われるバッジを付けてテレビ出演したため、「改憲派」と思われる人から「左翼の活動家だったのか」「失望した」などとバッシングを受けている。

   このバッジの「正体」とは。そして壇蜜さんは本当に「護憲派」なのだろうか。

バッジの「正体」とは
バッジの「正体」とは
「ブルーリボンは付けないけど9条バッジは付けるんだ」

   壇蜜さんが出演したのは2015年5月3日放送のTBS系情報番組「サンデー・ジャポン」。

   左胸の目立つ場所に、白い線で数字の「9」と読める模様が描かれている黒色の丸いバッジを付けていた。テレビカメラが何度も胸の部分を大写しにしたため、気になった視聴者が多くいた。

   ネットではこのバッジは何なのか、という調べが始まり、憲法9条とピースマークをモチーフに作られたものだという結論が出た。この日は憲法記念日。壇蜜さんは憲法9条を守ろうと主張しているのだろう、などといった憶測が飛び、憲法9条改正派と思われる人から、

「ブルーリボンは付けないけど9条バッジは付けるんだ」
「9条信者って胡散臭さに拍車を掛けていいとこ無しじゃない」
「香ばしい人だったのねこの人。美人さんなだけにちょっと残念」
などと攻撃されることになった。また、話題作りのためのあざとい仕掛けではといった穿った見方も出た。

   実はこのバッジは非売品で、同じ模様が描かれているTシャツ類などは販売されている。ドメスティックブランド「Sasquatchfabrix.(サスクワッチファブリックス)」を展開しているアパレルメーカーのドワグラフ.が制作した。バッジは展示会開催を知らせるダイレクトメール(DM)に同封したノベルティーだった。デザインしたのは横山大介さん。コレクションのテーマは「Love&Peace」。そこから横山さんが憲法9条とピースマークを融合させた。平和を守ろうという願いと、憲法9条があるから戦争はできないというメッセージが込められているが、政治的な意味合いが強いという訳ではないという。
バッジはスタイリストが用意した服に付いていただけ

   ドワグラフ.の担当者は壇蜜さんがテレビ番組でバッジを付けたことを知っていて、

「うちと壇蜜さんに付き合いがあるとは聞いておりませんので驚いております。おそらく、DMを受け取ったスタイリストさんがコーディネートしたのではないか、と見ています」
と推察している。壇蜜さんがテレビでバッジを付けた事がきっかけで大人気になり、どこで売っているのか、などといった問い合わせが殺到しているそうだ。しかし、あくまでノベルティーとして作ったものなので、販売する予定はないという。

   それでは本当のところはどうなのか、所属事務所のフィットワンに聞いてみたところ、

「スタイリストが用意した服に付いていただけで、ネット上で騒がれているようなことは特にありません」
と明かした。

▲:スタイリストが”主義者”(昔風の使い方)だっただけ、ということですか。そういった”主義者”を使うってことは、会社や壇蜜も”主義者”だって疑われても、これは仕方がないことだと思う。
 そのうち加藤登紀子や中塚尚子@香山リカ とコラボしたりして。




This is Korean アシアナ航空

事故起こした機長の名前、経歴の詳細も未だ公表せず 専門家も「アシアナ航空、まったく誠意がない」と批判
2015/5/ 7 20:11 JCAST
   韓国・アシアナ航空機が広島空港で着陸に失敗し、乗客25人が負傷した事故から1か月近くが経った。しかし、未だに機長の名前すら明らかにされず、ネット上で疑問や批判が相次いでいる。

   広島空港では、2015年4月14日夜の事故から1か月も経たないのに、アシアナ航空のソウル便が30日に運航を再開した。利用客の多いGWに合わせたかのような早さだ。

事故から4日後には全員が韓国に帰国

   その一方で、パイロットの操縦に問題があった可能性があるにもかかわらず、機長らの会見も開かれないままだ。国交省の運輸安全委では、機長ら乗組員8人に聴取したと報じられたが、事故から4日後には全員が帰国してしまった。その証言もほとんど報じられていない。

   また、機長らの名前や経歴の詳細もほとんど明らかにされておらず、多くのことがナゾに包まれている。

   こうした状況に、ネット上では、いら立つ声も次々に上がっている。「再開は早すぎる」「原因究明が先じゃね」といった疑問や批判も多い。

   元日本航空機長で航空評論家の杉江弘さんも、「アシアナ航空は、まったく誠意がないですね」とその対応に懐疑的だ。

「日本なら、機長らが会見に引っ張り出されますし、事情聴取の内容についても明らかにされるはずです。アシアナ側は、日本の運輸安全委が調査に1年ぐらい時間をかけることを知っていて、何も言わないで機長らを本国に帰してしまったということだと思います。アシアナ側は、分かっている範囲で事故について話すべきだし、たとえ、機長らの名前を言わないとしても、そのコメントぐらいは明らかにすべきだったでしょうね」
   5月5日になって、運輸安全委の関係者の話として、事故機のパイロットが濃霧で見通しが悪くなったため着陸のやり直し(ゴーアラウンド)をしたと報じられた。
「運航規程に反した危険操作と言えるかもしれません」

   しかし、杉江さんは、そうだとしても、パイロットの操縦に問題があった可能性はなくならないと指摘する。

「地上120メートルまで降下して、滑走路が見えない状態で着陸を強行してはダメです。さらに高度を下げれば見えてくると思い込んだ可能性があり、地面が迫ってきてゴーアラウンドしても手遅れですよ。推力が加わるのに5、6秒はかかるからで、パイロットはとても弁解はできませんね。ヒューマンエラー(単なる過失)ではなく、運航規程に反した危険操作と言えるかもしれません」
   非常に古いタイプの事故で、パイロットの安全教育不徹底と訓練不足があった恐れがあるという。

   とはいえ、アシアナ航空側は、今回の事故について、ヒューマンエラーとして済ませたい思惑があるのではないかと杉江さんはみる。広島空港でソウル便を再開したのも、死者が出るなどの重大な事故ではなかったと考えたためではという。

   韓国も、2年前に米サンフランシスコで起きたアシアナ機の事故のように、該当路線を45日間の運航停止にするといった軽い処分で終わらせる可能性があるとしている。

▲:コリアンの通常行為。


本屋でアマゾンに注文 信州大学・山沢清人

本屋でアマゾンに注文
 といっても、「本屋」に注文するわけではない。
 科学技術の進歩は、私の手にスマホを握らせることになり、そこからアマゾンサイトに入ることができる、本屋で立ったまま。
 昨夜、コーチャンフォーに行って、新刊を見ていたら、
『メモリアル病院の5日間』という本があった。面白そうだったけれども、翻訳はもちろん誤訳が多いので、その場でスマホからアマゾンに入って元の本を注文する。
 そこでネットサーフィンをしていたら、ガワンデ(『コードブルー』の著者・外科医)が、最近(といっても去年の10月で、邦訳は出ていない)、終末期医療に関係する本を出しているのを知ったので、それも本屋の店の中で立ったまま注文した。

 スマホを使うことに、信州大学の学長が妙なことを言っていたけれども、これほど便利なものを使わないとしたら、信州大学の学生はそのうちガラパゴス諸島のイグアナになってしまうのではないか、と、他人事ながら心配になった。

 スマホ、って、本を手に入れるためにどんなに便利なものか、あのガラパゴス学長は知らないのだろうと思う。


「スマホやめるか、大学やめるか」 信州大入学式で学長
2015年4月5日17時03分 朝日新聞
 「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」。信州大の入学式が4日、松本市総合体育館であり、山沢清人学長は、8学部の新入生約2千人に、こう迫った。
学長の入学式あいさつ全文
 山沢学長は、昨今の若者世代がスマートフォン偏重や依存症になっている風潮を憂慮。「スイッチを切って本を読み、友だちと話し、自分で考える習慣をつけ、物事を根本から考えて全力で行動することが独創性豊かな学生を育てる」と語りかけた。
 新入生を代表して、上伊那農高出身で農学部農学生命科学科の倉田祐輔さん(18)が「農学だけでなく、経済や法学分野などの勉学にも取り組み、グローバルな視野で物事を俯瞰(ふかん)し、私の考える農業を広めて社会に貢献したい。ここで学んだ知識を次代を生きる私たちの大きな原動力にする」と決意を語った。
 新入生は1年間、松本市で学んだ後、学部ごとに松本市のほか、長野市や上田市、南箕輪村のキャンパスに移る。
 留学生を除く新入生2068人のうち、県内出身者は昨年より27人少ない552人(26・7%)、女子の割合は33・9%だった。(松本英仁)




現代の慰安婦・性奴隷新聞社 北海道新聞 その4



 〈K次長が(略)足をなでまわしたり、体をぎゅっと強く押し付け(略)「やらせろ、男がやりたいと言ったらやらせなきゃダメなんだよ」「オレは女を見るときはやりたいか、そうじゃないか、それでしか見ていない。松本さんは来た時からやりたいと思っていた」などと言い、相談者を1時間あまり軟禁状態にした

 〈人を人とも思わない。そのくせ、新聞では庶民や弱者の味方のようなふりをする。道新に不正を追求する報道機関の資格はありません。(略)もう道新と戦うのに疲れ果てました。終わりの見えないPTSDの苦しみから解放され楽になりたい。でも、この手紙を書くまでは絶対に死ねない。復讐の気持ちだけが自分を支えていました




2015.5.7 18:55 産経新聞
北海道新聞社社員を告訴 嘱託看護師に「愛人になれ」…と「体触り暴行」
 北海道新聞社函館支社の嘱託看護師だった女性が昨年12月の忘年会で体を触られ暴行を受けたとして、女性の両親が7日、暴行と北海道迷惑行為防止条例違反などの容疑で、同社の男性社員2人を北海道警函館中央署に告訴した。
 告訴状によると、昨年12月8日夜から9日未明にかけて、函館市内のカラオケ店や居酒屋で女性=当時(40)=の体を触ったり、「愛人になれ」と言いながら体を押し付けたりしたとしている。
 父親によると、女性は会社に相談したが2月中旬から心身の疲労で休むようになり、2月21日に自宅の火災で死亡した。
 北海道新聞社経営企画局は「社員が告訴されたことは遺憾です。会社として誠実に調査をしているところで、今後も弁護士を交えセクハラの有無などを含めて詳しい調査を行っていきます」としている。


「北海道新聞社員からセクハラ」嘱託看護師の遺族が告訴

2015年5月8日00時26分 朝日新聞
 北海道新聞函館支社(北海道函館市)で嘱託看護師として勤務し、2月に火事で亡くなった女性(当時40)が同社の男性社員2人からセクシュアルハラスメント行為を受けたとして、遺族が7日、この2人を暴行容疑などで函館中央署に刑事告訴した。
 告訴状によると、2人は昨年12月、函館市内の飲食店で、女性にひわいな言葉を言いながら、体を触ったり体を押しつけたりするなどの暴行をしたとしている。女性は同社に被害を申告、2月10日ごろから仕事を休むようになったという。
 女性は2月21日に函館市の自宅が火事になり、助け出されたが搬送先の病院で死亡が確認された。
 遺族らによると、同社は昨年12月に女性から聞き取った内容をまとめた報告書を作成。2人は1月、「(女性に対し)大変不快な思いをさせる言動や行為を行い、精神的、肉体的苦痛を与えてしまった」などとして、女性への謝罪文を書いたという。
 遺族は取材に対し、「事実関係の調査を求めたが対応が遅かったため、刑事告訴した」と述べた。
 北海道新聞社経営企画局は「社員が告訴されたことは遺憾。誠実に調査しているところだが、今後もセクハラの有無なども含めて詳しく調査する」とのコメントを出した。


北海道新聞でセクハラ 2人を刑事告訴

< 2015年5月8日 12:42 > 日本テレビ
 北海道新聞函館支社に嘱託看護師として勤務し、その後、火事で死亡した女性が職場の男性社員からセクハラを受けていたとして、女性の両親が男性社員2人を刑事告訴した。
 告訴されたのは北海道新聞社の男性社員2人。告訴状によると男性社員の1人は去年12月8日の夜、函館市内の路上で北海道新聞函館支社に嘱託看護師として勤務していた当時40歳の女性の手を握り飲食店などで体を押しつける暴行を加えたほか、もう1人の社員とともに性的関係を迫るなどしたとされている。
 女性はその後、今年2月に自宅の火事で死亡したが、告訴状では女性はセクハラで自殺した可能性が極めて高いとしている。
 北海道新聞社は「社員が告訴されたことは遺憾です。セクハラの有無なども含め詳しい調査を行ってまいります」とコメントしている。


道新でセクハラ疑い 刑事告訴
05月08日 19時04分 NHKニュース
ことし2月、火事で亡くなった北海道新聞函館支社の当時40歳の嘱託社員の女性が職場でセクハラを受けていたとして、女性の両親が男性社員2人を道迷惑行為防止条例違反などの疑いがあるとして警察に告訴しました。
告訴状によりますと、男性社員のうち1人は去年12月、函館市内の路上で女性の手を強く握ったり、飲食店などで体を強く押しつけたりしたほか、もう1人の社員とともに交際や性的関係を迫るセクハラをしたとして暴行や強要未遂、それに道迷惑行為防止条例違反の疑いがあるとしています。
女性はことし2月、函館市内の自宅が焼けた火事で死亡しましたが、告訴状では女性がセクハラをきっかけに自殺した可能性が極めて高いとしています。
警察は8日までに女性の両親から提出された告訴状を受理しました。

北海道新聞社は「社員が告訴されたことは遺憾です。当事者は全員社員であり、今後、会社として弁護士を交えセクハラの有無なども含めて詳しい調査を行っていきます」とコメントしています。


▲:セクハラの有無も含めて調査、って、セクハラがあったことはもう「加害者」が認めて、謝罪しているのだろうに。それとも、北海道新聞は被害者が死んでしまったことをいいことに、セクハラの存在そのものを否定しようというのだろうか?
 一番の責任者は(悪質なのは)前社長・現会長の村田正敏だろう。
 被害者が自殺したとしたら、それはセクハラのせいで自殺した、ということではない。
 会社に訴え出てちゃんとした処分が加害者に科せられていたなら、この女性は溜飲をそれでも下げることができたかもしれない。ところが、北海道新聞社は「たいしたことない」と決め込んで、何も処分せずに謝罪(ごめんですめば警察も法律もいらないんだよ、北海道新聞のみなさん)だけで済まそうとした。
 これは、要するに、村田正敏による、
セカンドセクハラ>(セカンドレイプとさえ呼んでいいかもしれない)
 である。この会社の仕打ちに、被害者は絶望したのだろう。
 悪質なセクハラをした函館次長を、この看護師が健康管理しなくてはならない、毎日同じ職場で顔を合わせなくてはならない。毎日足を運ぶ職場で、いやらしいセクハラ次長が笑いながら待っている、と思っただけで、この女性は怒りと悔しさと絶望に打ちのめされたことだろう。
 いやはや、北海道新聞ってのは、本当に狂った組織なんだだと思う、ずっと前からそうだと思ってはいたけれども。
 看護師へのセカンドセクハラとなる無為無策・少なくとも迅速に処分をしない、という会社の行動を決定した愚劣極まりない男・村田正敏が、現在、
 日本新聞協会副会長
 共同通信社理事会長
 をやっているというのだから、どれほど日本の新聞組織全体が北海道新聞同様に狂っているのか、明らかだろう。

 日頃コリアンたちの慰安婦問題を取り上げて日本人を糾弾している北海道新聞が、自分たちの健康管理をやってくれている看護婦を「愛人になれ」「やらせろ」と身体を拘束し、関係を迫った社員を内に抱えて反省しないというのだから、
 北海道新聞は女性社員を”性奴隷”になるように男性社員が強要しても問題のない、日本で最も恥ずかしい会社のひとつである、
 と誰もが思うだろうが、それは仕方のないことである。

PS 村田正敏が誠実に対応していたなら、松本さんも死ぬことはなかっただろうし、北海道新聞が”性奴隷新聞社”という恥ずかしいニックネームを受け取ることもなかっただろうに。